遅すぎるということはない

私のオンライン診療は患者さんが望む限りどんな病気でも対象にします。

そうなると不可逆性の高い病態、認知症や何らかの術後での臓器欠損状態など難しい病態を扱う場面も出てくる可能性があります。

そうするといくら主体性を発揮しようにも「病気の根治」というのはさすがに難しいでしょうと思われるかもしれませんが、

私にとって病気を治すという行為は、無自覚の過剰適応、消耗疲弊を是正し、今自分に備わっている力を適正に使用することができるようになることなので、

認知症であろうと、臓器欠損であろうと、残っている機能の最大無効率化を目指す医療ということになります。

言い方を変えれば、無自覚の無理や疲弊に気付かせて、本来の持つ力で人生を歩き直してもらうように導くことが「病気の根治」だと私は考えています。

そしてそこで一番重要になってくるのが「主体性」という要素となりますが、

主体性が失われた相手、もしくは本人の主体性がないが家族や関係者が代理の主体性を示している状況であれば、次善の策で対応するだけの話です。

勿論、本人が問題点に気付かないと根本的な解消はできないので、漢方薬やホメオパシー、五感を利用した医療などで病勢をコントロールしていくのはなかなか厳しい道のりですが、

それでもその場しのぎの繰り返しで余計に自己治癒力が阻害されていく西洋医学中心医療よりかはまだその人らしさを大事にした医療が展開できるのではないかと思っています。

要するに私はどんな段階であっても「遅すぎるということはない」と言いたいのです。

たがしゅう

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