安心と独立が両立する医療

私はオンライン診療医であると同時に自然重視型医療の実践医です。

そういう資格があるという話ではなく、あくまでもスタンスの問題ですが、

触れることや匂い、音楽などの五感を用いる治療を重要視しています。

それなのに今、触れられないオンライン診療の世界に足を踏み入れようとしています。

この矛盾は実は私の中で共存します。本日はその点についてまとめてみたいと思います。

確かに触れることのもたらす恩恵は大きいですし、私自身それはとても大切なことだと思っています。

相手との人間関係にもよると思いますが、触れることが大きな安心感をもたらすということは診療の現場でもよく感じるところです。

しかし一方で大きな安心を与えることは、大きな依存心を生むことにつながります。

大きな安心を与える医療は必要です。しかしそれはあくまでも医療の一部です。何も医療の全てを私一人でカバーする必要はないのですから、

私以外のその患者さんにとって身近な医師が安心を与えればよいと、私はその部分とは別の医療の分野を中心に発展させよう動いているのです。

それは安心の対極とでも言える発展させるべき医療の領域、「独立」です。

私は「主体的医療」という概念を抱えていますが、患者が病気から卒業するためには主体性が不可欠です。

それは自分の力で病気を克服する道を歩めるように支える必要があるということです。

つまりそれが「独立」の概念だということです。私はこの「独立」という医療の領域をオンライン診療を通じて発展させようと考えています。

勿論、だからと言って「安心」を与えないというのではありません。「触れる」とは別の方法で与えればよいのです。

「触れる」ことによる「安心」の効果には確かに大きなものがありますが、例えばオンライン診療のチャット機能で24時間つながれるという体制は安心につながりますし、

ある状態に対する他の医師からは指摘されない別の解釈を私が伝えることも安心につながるかもしれません。

最近こうした「安心」と「独立」という概念は「母性(母親の愛)」と「父性(父親の愛)」という話とリンクするという話を聞きました。

母性と父性は共にバランスをとってこそ健全な成長につながると言われます。安心ばかりでも過保護な状況になりますし、独立ばかりの育て方でもこどもはグレてしまうかもしれません。

医療においても「安心」と「独立」を共存させることで患者の成長を促すことができるのではないかと私は考えています。

 

たがしゅう