主体的な患者をトータルで支える「医」者

主体的な患者をトータルで支える「医」者

オンライン診療の業務には看護師の同伴を必要としません。

基本的には患者と医者がいれば成立する診療スタイルだということができます。

だからこそ私は一人でもオンライン診療での開業に踏み切ることができたと言えるわけですが、

一方で一般的な対面診療での業務には看護師さんの協力は不可欠です。

看護師さんがいなければ実践できない診療、看護師さんがいなくても実践できる診療、

そこには本質的にどのような違いがあるのでしょうか。

そもそも看護とは何なのでしょうか。

看護学の祖であるフローレンス・ナイチンゲールは、

看護とは新鮮な空気、陽光、暖かさ、静かさを適切に保ち、食事を適切に選択し管理すること―こういったすべてのことを、患者の生命力の消耗を最小にするように整えること

と述べています。

私なりに一言でまとめるなら「患者の周辺環境調整サポーター」とでもいいましょうか。

対面診療はそうした看護のプロも同伴して行われるわけなので、

医者が一人で行う場合に比べて手厚い医療が受けられるということは想像に難くないでしょう。

ではオンライン診療では看護師がいない分、手厚い医療は受けられないという事になるのでしょうか。

ここは次のように考えることができます。

患者の周辺環境調整をサポートするのは、何も看護師だけとは限らないということです。

ある意味でオンライン診療では医師が看護の役割を果たす必要があると言い換えることができます。

逆に言えば、対面診療では看護の役割を看護師に任せてしまう程に医者の役割は限られているということもできます。

そんなことはない、医者の仕事は膨大で、仕事が限られているだなんてとんでもないことだ、という声が聞こえてきそうですが、

私も医者のはしくれ、そのような状況については十分に知っているつもりです。

ただそのように役割分担をしていても、山のように仕事が増えてしまうのが病院医療の、ひいては受動的医療の実態だということだと私は思います。

患者がすべてを医療者に委ね、自分自身の中に潜む病気の原因に目を向けないために医療者の業務は膨大となってしまうのではないでしょうか。

看護師以外にも栄養士、検査技師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、医療ソーシャルワーカーなどなど…

このような多職種連携という文化が生まれた背景には受動的医療の困難さが関与しているように私には思えてなりません。

オンライン診療で推進する主体的医療において、たった一人の「医」者がなすべきことは、

本人の想いを成し遂げるためのサポート、この一点に尽きます。

そこについて自分自身の考えがある人に対してはじめて、第三者としてサポートする事が可能になります。

逆に言えば、自分の考えがなくオンライン診療を利用する人に対しては、

とてもではないですが、私一人なんかの力で満足のいく医療を提供することはできないと思います。

ただ手厚い医療を受ければ受動的であっても人は病気を免れることができるのかと言われればそうではないことは今の医療の現状が物語っているはずです。

「私はこんな風にありたい。でもそのための方法がわからない」

そう悩んでいる人、悩んでいる方向性が明確である人に対してあらゆる観点からサポートできる存在、

それがオンライン診療における「医」者だと私は考えています。

 

たがしゅう

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