自分の結果は自分が請け負うしかない

会社勤めであれば、失敗をした時に会社が責任の一部を請け負ってくれることもあるでしょうけれど、

個人事業主というのは自分のやることなすことの結果を全て自分が請け負わなければなりません。

言い訳は見苦しいだけで、ありのままを受け止めるしかありません。ただその事実をどう受け止めてそこからどう動くか、に関しては自由に変えられる余地があります。

しかし、この構造はよくよく考えれば、何も個人事業主に限らず、人生そのものに当てはまる構造であるようにも思えます。

「自分のやったことが自分に跳ね返り、自分行ったことの責任は全て自分が請け負わなければならない」という構造です。

オンライン診療医になって様々な仕事のオファーがあり、本業の診療以外の部分で忙しさが出てきているのですが、

それらの仕事の優先順位づけを誤り、なすべき仕事を後回しにしていればしているほど、どんどん辛くなっていくのは他ならぬ自分自身です。

考えてみれば、人生ももともとそういうものだと思うのです。

小さい頃は親に守ってもらえたり、学校に守ってもらえたりしますが、

社会に出ても会社に守ってもらっているとその事に気づくことができなくなります。

失敗しても何とかなるだろう、先延ばしにしても結局は許してもらえるだろう、

実際はそこから学ばなければ成長しませんし、あるいは時間が経てば経つほど状況は変化するにも関わらず、

なんとなく大丈夫という甘えとともに生きてしまう怖さってないでしょうか。

例えば人生の告白場面も断られたら嫌だからといって避けていたり、先延ばしにしていたりすると、

本来なら得られたはずのチャンスも得られなくなり、その結果を請け負うのは自分自身だという構造であるはずです。

そのようなことだけに限らず、それが人生の構造であるにも関わらず、

人間の社会は守り守られることのできる集団や規則、価値観というものを作ったおかげで、

その人生の構造を意識せずに済む環境を作り出してしまった、ということではないかと、

個人事業主になってようやく感じることができるようになった次第です。

たがしゅう

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