動機付け面接とは何か

「動機づけ面接」という技法がとてもいいですよ、という話を複数の友人から聞いたことがあり、

先日鹿児島で開催された「動機づけ面接集中セミナー」というのに参加して参りました。

この技法を最初に知った時の紹介のされ方は「タバコ中毒(ニコチン依存症)やアルコール依存症などの行動改善が難しいとされる患者さんの行動を変えることができるアプローチ」というものであったので、

セミナーに参加するまでは「実に見事な言葉の技術で相手を改善行動に導くための方法」なのかと思っていたのですが、

実際には私が大事だと考える「主体性」を非常に大事にするやり方なのだということが分かりました。

なかなか一言では言い表しにくく、そこには様々な技法が含まれているのですが、

あえて一言で表現するならば、「本人さえ気付いていない心の向きに目を向けさせて、その動きを後押しできるように援助を行うこと」と総括できるのではないかと思います。

つまりそこには相手の主体性があることが大前提であり、動機づけ面接の技法を用いても相手が心のどこにも思ってもいないことをさせることはできないということです。

この点、主体性に注目する私の医療の理念においては非常に重要なポイントです。

なぜならば主体性がないように見えても、本人が気づいていないだけという可能性があり、そこに気づかせることが出来れば主体的医療の波に乗ってもらうことができるからです。

例えばどういうことかを考えていた矢先、ネットの記事でちょうどよい例が書かれていることに気付きました。

それは「カトパン」の愛称で知られる元フジテレビアナウンサーで現在フリーで活躍されている加藤綾子さんの新書を紹介する記事でした。

カトパン流「愛されるコミュニケーション」に必要なたった1つのこと

(以下、引用)

著者がフジテレビ入社1年目の頃、「アナウンサーをやめたい」と思うことは何度もあったという。何もできない状態でテレビに出て、多くの人の視線を受けるプレッシャーが苦しかったからだ。2008年には『カトパン』という番組が始まり、大きな重圧を受けて「つらい」「やめたい」という拒否反応はさらに募った

そんなとき、先輩アナウンサーの松尾翠さんに「考えすぎなくていいよ! ちょっとみんなとおしゃべりしに行こ! って遊びに来るぐらいの気持ちで仕事に来ればいいじゃない」というふうに声をかけられた。「やめたい」と口にしてはいても、心の中で相反する感情が渦巻いていた著者に、この言葉はすっと届いた。心の負担が軽くなるとともに、仕事への前向きな気持ちも引き出され、本当に救われたという。

(引用、ここまで)

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190624-00206266-diamond-bus_all

口ではやめたいと言っていても、実際にはやめたくないというように、相反する感情が同じ人の中に存在している状況を「両価性がある(ambivalent)」といいます。

動機付け面接では本人が何らかの原因で抑圧しているもう一つの感情に目を向けさせて、そのどちらの感情が自分にとってよいと思うのかを主体的に選択させるという行為なのです。

今回の場合は先輩アナウンサーの松尾翠さんが知ってか知らずか結果的に動機付け面接的なアプローチを加藤さんに行った結果、加藤さんはやめたいよりも大きなこの仕事を続けたいという仕事量の多さに表面上抑圧されていた本当に大事な感情に気付くことができ、行動を変えることができた、というわけです。

あるいは同じ記事の中にこんなくだりも出てきます。

聞き方のテクニックの一つに「相手の言葉をそのままオウム返しにする」というものがある。もちろん一定の効果はあるだろうが、意識しすぎると不自然になってしまう。なので、「相手の言葉への共感を深めた結果、自然とオウム返しをしている」という状態を目指すのがいいのではないだろうか。

 著者が、ある競技の世界大会に出場していた女子中学生に、試合後インタビューしたところ、「怖かったです」という言葉しか返ってこなかったことがあった。それに対し、相手の状況を想像しながら、「怖かったですね」とだけ伝えた。すると、気持ちに寄り添おうという著者の思いが伝わったのか、彼女は少しずつ、試合中や試合後の思いを言葉にしてくれたのだという。

言葉を繰り返そうと頭で考えるのでなく、相手に寄り添った結果としてオウム返しになったとき、互いに一緒に階段を上っていくような感覚で、相手も自然と次の言葉を口にしてくれる。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190624-00206266-diamond-bus_all&p=4

これは「単純な聞き返し」という動機付け面接での技法のひとつで、

意味としては「オウム返し」と同様に聞こえますが、実際にはそこに間を持たせたり、相手の感情を察した上で相手の言葉を反復することによって、共感と呼ばれる現象を通じて相手の抑圧された感情が自然と開放されていくことがあります。

このケースは加藤さんがアスリートに対して知ってか知らずか動機付け面接的アプローチを行っていたということになります。

この例をみてもわかるように、動機付け面接とは何も医療に限ったアプローチ法ではありません。コミュニケーションにおいて主体性を大事に扱うための方法論と言うことができるように思います。

もっと言えば、そのコミュニケーションは言葉に限りません。動機付け面接のアプローチは言葉を持たない動物やあるいは言葉が使えないこどもや認知症の人にも使えるアプローチだといいます。

言葉が使えなくても、相手がどのようにしたいかという主体性は相手の中に存在しているはずです。

それを察して可能な限りそれが引き出せるよう援助する、そして決してそれを強制する方向には持っていかないアプローチ、

だからこそ動機付け面接はオンライン診療における対話に持ってこいの技法だと私は考えているわけです。

たがしゅう

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