他人ができるのは与えるのみ

何かが自分の中の行動を変えられるのだとしたら、

それは常に自分の中からでしかないように私は思います。

誰かに変化させられたように思えたことであっても、

結局その行動をとることがよいと判断したのは自分自身だと思うのです。

医者と患者、教師と生徒、これらはいずれも一方が他方を制御しようとなりがちな人間関係です。

勿論知識量の差は厳然としてあると思いますが、

知識量が多いからといって他人の行動を正しく導けるとは限りません。

なぜならば人間は人それぞれ価値観というものが異なるからです。

価値観がないと思えるような人であっても、価値観はあるはずです。例えばりんごは好き、昆虫は嫌いといったことも価値観のひとつです。

そうした価値観を無視して他人の方向性を決めることはできないし、価値観を知れたとしても判断までは他人が行うことはできないと、

自分が他人に対してできることは、情報を提供することくらいなのかもしれません。

その情報を受け取った人が、自らの価値観をもとにどう行動するかを決めていく、それが人間の基本にあたるのではないかと思うのです。

それなのに医療や教育の現場では、与える側も受け取る側も、与える側に主導されるべきだという考えがこびりついてしまっているのではないでしょうか。

患者も生徒も、もっと自分の選択が尊重されてしかるべきです。

私のオンライン診療クリニックは、患者が主体的になるための最大限の情報提供を行い、

患者が主体的であり続けるために利用されたいと願っています。

たがしゅう