距離感が近すぎると相談は難しい

「親しき中にも礼儀あり」という言葉があります。

ブログという医療系ボランティア活動を行っていて時々思うことですが、

ブログのコメント欄で読者の方から様々な質問を頂くことは基本的には有難いことだと思っています。

広大に広がるネット空間の、他にもたくさんの医師ブログがある中で、私という人間を頼って何かを尋ねてきた方に対して、私が質問に答えることで役に立つことができるのであればそれは私にとっても嬉しいことです。貢献感があります。

ただそれがあまりにも依存的な内容であったり、逐一細かい内容について尋ねられ自分の頭で考える姿勢が見られない相手であったりすると、

私も未熟な人間なので、同じ質問に答える行為でも不毛に思えて、貢献感が全く感じられなくなるということが実際に起こります。

それというのも無料のボランティア活動であるが故に起こってしまう出来事なのではないかと私は考えています。

無料というのは垣根が低い、だから気軽に尋ねられる良さがある反面、気軽過ぎて礼節を失いやすい落とし穴があるように思えるのです。

このことは例えば家族から同じような相談を受けた時の違和感にも当てはまります。

家族から糖質制限についての質問を受けた時に、私はとてもではないですが一般の方々に接するような感じで返答することはできていません。

家族との距離感の影響もあるのでしょうけれど、それがさんざん話している内容であったりすると、まともにやり合う気にもなれなくなります。

もっと言えば距離感が近いという事は、いつでも聞けるという安心感が生まれ、自分で自立しようという気持ちからはむしろ離れてしまう弱点があるようにも思います。

距離感が近づき過ぎることは、主体的医療を展開するのに必ずしも好ましくないことであるという考えに至り始めました。

そこでオンライン診療の話となります。

オンライン診療は無料ブログと違って有料相談の場になります。

お金を支払ってもらうわけですから、この場においては私は相手がどれだけ不毛な質問をしてきたとしても、相手が距離の近い身内だったとしても、

決められた時間の中で、精一杯のコミュニケーションをとり、解決への糸口を探る助言をすると思います。

これはお金を支払う側にとってもメリットがあり、もしも無料だと相手の貴重な時間を使わせるということに引け目を感じる可能性がありますし、逆にそうしたことを一切感じずに図太く相談し続ければし続けるほど、相談相手に不快感を与える可能性が高くなります。

それがお金を支払っていれば契約成立、その定められた時間は誰にも気兼ねすることなく、何を聞いても相手の機嫌を損ねることもなく(損ねたとしたらそれはプロ失格でしょう)、有意義な時間を過ごすことができるわけです。

また距離感の感じ方は人それぞれ違って当たり前です。

自分が距離が近いと思っている相手が、相手も同じ距離感で捉えているとは限りません。

その違いを認識しないままに自分の感覚で距離を詰め過ぎれば、不和につながっても不思議ではありません。

「親しき中にも礼儀あり」という事はそうしたことへの戒めの言葉であるように思えます。

オンライン診療クリニックが始まった折には、

私はどんな相談に対しても、私の持てる力を尽くして、相談に乗りたいと思います。

この一定の距離感を保つという目的と、互いにとって質の高いコミュニケーションの場を担保するという意味で、

しかるべき報酬が発生すべきだと考えます。

たがしゅう

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