難病化の本質は主体性の喪失

主として慢性疾患を扱うオンライン診療には主体性が不可欠だという話を私は繰り返し行っていますが、

このことは裏を返せば、主体性を持たない患者にとってはオンライン診療は不向きだし、慢性病態を治療するのは極めて難しいということを意味します。

さらに言えば、生まれつきの先天性疾患を除いては、世の中にある難病という難病が起こるメカニズムには、この主体性の喪失が深く関わっているという可能性へとつながります。

例えば私は神経内科医という立場上、これまでにパーキンソン病と呼ばれる神経難病の患者さん達と比較的多く出会ってきたと思いますが、

コウノメソッドや漢方治療など今の診療体制でも実践可能な診療技術を駆使して、なるべくDo No Harm(害をなさない)治療を心がけ対応しているわけですが、

相手が神経難病ともなると、私の努力の甲斐もなく、症状をうまくコントロールできない事態とも多々遭遇します。

主体性がないとなぜ難病化するかという点に関しては、一言で言えば「思い通りにならない状況が慢性的に続き、その事が人体に慢性持続性のストレス反応を起こし続けるから」だと言えます。

例えばパーキンソン病の人は完璧主義で自他ともに細かいミスが許せなかったり、あるいは人に嫌われたくないがために誰かに何かを頼まれても断らない態度をとり続けて無意識のうちに身体に無理をかけ続けてしまっていることが多く見受けられます。

この点を見直すことなく、いくら症状を抑えるための当座の対症療法を行っていても、慢性持続性ストレスは相変わらずかかり続け、

対症療法で一時的にその場をしのげたとしても、慢性持続性ストレスが酸化ストレスを消去できない環境を作り、細胞の機能を次第に衰えさせ、ついには細胞機能が不可逆的に機能停止をしてしまうという、言わば手遅れな事態に至ってしまいます。

しかしそれを途中で自分の思考のクセに気付き、完璧主義やいい人に見られようとする態度を止め、早い段階で無理のかからない思考や生活習慣へと切り替えることができれば、

少なくとも慢性持続性ストレスは軽減され、身体には修復の好機が訪れるということになります。

そして何よりその思考や生活習慣を切り替える鍵を握っているのは本人の主体性に他ならないわけです。

時に自分の一番見たくない部分と直面したり、今までの自分を否定されるような拒絶感を乗り越えたりしなければならない過酷さもあるかもしれませんが、

それでも難病への悪循環を止めることができるのは、自分自身が変わること以外にないと私は考えています。

さもないと本病態が進行し続けるわけなので、いかなる優れた治療もその効果は一時的となってしまい、遅かれ早かれ難病化は完成し手遅れと呼ばれる状態へ行き着いてしまいます。

だから私のオンライン診療は、主体性を持たない多くの難病の患者を救うことはできないかもしれません。

けれど、そんな中で主体的に自分を変える選択を選んだ難病が完成する前の患者さんを、従来医療の固定観念的な強迫から守り難病になるのを食い止めるきっかけやサポートを与えることができるかもしれません。

一人でもその成果を成し遂げることができれば、私は自分のやっている医療に誇りを持つことができるのではないかと思います。

おそらく険しい道になることは避けられないでしょうし、

もしかしたら患者を突き放すような冷たい医療だと感じられてしまうかもしれませんけれど、

それでも私は一人でも多くの人が病気から解放されるような医療を提供していきたいと考える次第です。

 

たがしゅう


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