自由診療のオンライン診療医になると私が決めたわけ(後編)

医療者側が安全性が完全に担保された状態でのオンライン診療を提供できるようになるまで患者の利用を慎重に制限するのではなく、

メリットとデメリットを完全に開示した上でオンライン診療を利用するか否かの判断を患者側に委ねるというスタンスに立てば、

患者にしてみれば、治療において一つの大きな選択肢ができるようになるということで非常に意義のあることだと感じ、

何はともあれオンライン診療をまずは経験してみようという気持ちに私はなりました。

そこで遠方からわざわざ私の診察を受けに来る患者さんに対して、オンライン診療を勧めようと思ったのですが、

ここで立ちはだかったのは利用料金の壁でした。

実は現在オンライン診療を支援するためのアプリを様々な会社が提供しているのですが、

そのほとんどが医療機関側が初期導入費数十万円、維持費に数万円/月のコストがかかるものがほとんどでした。

医療機関側にしてみれば、いざオンライン診療をはじめましたと言っても、

利用者がゼロであれば、単に費用の損失が増えるだけとなってしまうため、ある程度患者数が見込める状況でないと導入に踏み切れない事情があります。

あるいは本業が軌道に乗っていて、オンライン診療の導入で費用がかかったとしても経営状態に余裕がある開業クリニックであれば、導入することもできますが、

それにしても判断を下すのは病院やクリニックの経営者であって、当時病院の一勤務医であった私にはそのような上層部を動かすことは困難でした。

実際今オンライン診療を導入しているのは、開業クリニックがほとんどで、病院規模の所でオンライン診療をやっている所は数えるくらいしかありません。

病院で働く勤務医の立場でかつ上の説得もできない私はオンライン診療を諦めるしかないと思っていた所に現れたのが株式会社MICIN(マイシン)が提供するオンライン診療支援アプリ「クロン」でした。

なんとこの「クロン」は初期導入費0円、維持費0円でオンライン診療を利用できるというシステムでした。これであれば病院でも導入できるのではないかという流れとなったのです。

「クロン」はオンライン診療の導入に医療機関から費用を徴収しない代わりに、「オンライン診療で一番恩恵を受けるのは患者」という理念の下、1回オンライン診療を利用する毎に患者から540円を徴収するというシステムで運営しているということでした。

あとは患者への診察料を含む請求費用が確定した段階で、その医療機関が得た収入のうちの4%を事務手数料(クレジットカードでの決済手数料を含む)として医療機関から徴収するということでしたが、

それにしても少額であり、事業として展開していくには無理があるのではないかと思って運営元の株式会社MICINにその点について尋ねてみたことがあります。

すると会社ではもう一つAIを主におく事業があり、そちらの経営状態がよいので問題ないというのと、オンライン診療は世間に必要とされる仕組みであって、とにかくこれを広めていく事が大事だという考えの下、必ずしも大きな収入にならずとも社会貢献として実行する価値があるという判断で行っている、との趣旨の御返事がありました。

その理念に共鳴した私は、クロンの登場により無事に上層部を説得することに成功し、オンライン診療を実際に始めてみることにしたのです。

しかしここでさらなる壁が立ちはだかりました。それは保険診療の壁です。

今から1年半前に世の中のニーズを感じ取ってか、オンライン診療は保険収載を受け、保険医療制度の中でオンライン診療が行えるようになりました。

ところがこの保険医療の中でオンライン診療を行うための要件が、当ブログでも過去に記事にしておりますが、非常に厳しい内容となっているのです。

代表的な所を挙げれば、「3回に1回は必ず対面診療を挟むべし」「半年間は毎月きちんと定期通院できた人にしかやってはいけない」「同一医師が対応しなければならず、緊急時はその医師が対応できる体制を整えるべし」とか、

極め付けは「緊急時には概ね30分以内で来院できる人にしかやってはいけない」というものです。

それだと実際問題オンライン診療を行えるのは、もともと真面目に外来通院している患者さんでたまに通院費を抑えたかったり、忙しくて病院に行けないという事態があった時だけ利用できる「真面目に通院した人へのごほうび」的なことしかできないということになってしまいます。

私を求めて遠方からはるばる何時間もかけて通って下さる患者さんにそのルールを守るよう求めるのはあまりに現実的ではないということで、

私は自由診療でオンライン診療を行うことに決めたのです。

そしてしばらく一部の患者さんにオンライン診療を実際に行っていく中で、私の中でオンライン診療のイメージが随分変わっていくのを感じました。

最初は触れられないことで温かみのない不完全な医療のイメージが強かったですが、

実際にやってみて思ったのは、「コミュニケーションの質が高まる」ということです。

完全予約制で時間を決めて行うことで、その時間はその患者さんのために用意された特別な時間ということになります。

「クロン」を介した通信には大きな問題は見られず、画質やタイムラグに支障は全く感じませんでした。

慣れた空間で診察を受けることができるからなのか、患者さんの方からも赤裸々な想いが聴取できたりもして、私はこの診療スタイルに次第に手ごたえを感じるようになりました。

そしてそれと共に私が一連の経緯の中で感じていた病気の根源とも言える「患者の主体性」の問題を考えた時に、

オンライン診療はつかず離れずの距離感で、患者自身が何とかしなければならないという気持ちを支援しうるサポートツールとして距離という壁を乗り越えて有用となるのではないかと思うようになったのです。

さらにはオンライン診療の仕組みならば、頑張れば一人でも開業できるかもしれないという気持ちになれたのも大きかったです。

通常の開業であれば、然るべき開業コンサルタントに依頼し、土地や建物を購入するために多額の借金をし、さらには診療圏調査やライバル医院などとの調整も行う必要があったり、

当然従業員を雇う仕組み作りもプロの力を借りながら作り上げていく必要があります。もともと医者家系であったりすれば肉親から引き継いだり助言を受けたりもできますが、私にはそういう背景もありません。

しかしオンライン診療のスタイルなら私一人でもできますし、開業にかかるコストを最小化することも可能になります。

なおかつ自分のやりたい医療を展開することができるというのであれば、あとは私にこの道に進ませることを妨げるものはありませんでした。

これが私が自由診療でオンライン診療医になると決めた理由です。

たがしゅう